5-5. Adobe-Manga1コレクションの備忘録

 2023年11月にAdobe-Manga1なるコレクションが登場しました。対応フォントを作るかどうかは未定ですが、気づいた点を以下にメモしておきます。

目次

概要

 Adobeの日本向けグリフセットとしては既にAdobe-Japan1(以下AJ1)が存在しますが、AJ1がsupplement 7の時点で23060グリフを擁するのに対して、Adobe-Manga1(以下AM1)は18032グリフと、5000グリフ以上少なくなっています。

 AM1の紹介文によれば、「Adobe-Manga1-0はSource Han Sans JP(源ノ角ゴシックJP)2.004のサブセットをベースに、漫画固有のグリフを追加したもの」だそうですので、策定に際してはAJ1とは無関係に、AJ1のことはひとまず脇に置いておいて作られたグリフ集合のようです。
 ただ、Source Han(源ノ)フォントファミリーはAJ1の漢字にフル対応していることを謳っていますので、漢字集合だけは間接的にAJ1の影響を受けているとも言えます。

追加されたもの1: !や?を連ねたもの

 AM1のチャートを見ていて真っ先に目に留まったのは、!や?を連ねるパターンの多さです。従来からある!!, !?, ?!, ??に加えて次のようなものが追加されています。

 すべてのパターンについてアンチック体(≒メリハリのない明朝体)グリフとゴシック体グリフとを用意し、さらにそれらすべてについて正立したものと斜体になったものとを用意するという徹底ぶりです。とりわけ少年誌系の漫画では3連4連のものをちょくちょく見かけますので、実需に沿った追加と言えそうです。
 チャートを見るとCID+17901-17964までのグリフがCID+17965-18028にも重出しているように見えますが、featuresファイルで確認したところ、前者は横書き用、後者は縦書き用ということのようです。確かによく見ますと、横書き用の斜体グリフはボックスの右側にはみ出しているのに対して、縦書き用のものはボックスの左右に均等にはみ出すように調整されているのが確認できます。

 正立グリフと斜体グリフとを両方用意したというのは面白いと思います。ただアンチック体グリフとゴシック体グリフとの両方を含めるというのは過剰なのではないかなとも感じます。
 もしかしますと、既存のゴシック体フォントには!や?が3連4連になったものは基本的に入っていないので、そういう別のゴシック体フォントと組み合わせて使ってもらおうという意図なのかもしれませんが、どうせ徹底的にやるなら、!と?との組み合わせからなる4連グリフを全16パターン用意したほうが面白かったのではないかという気もします。

追加されたもの2: 仮名と濁点・半濁点との組み合わせ

「あ」から「ん」まですべてのひらがな・カタカナに、濁点、半濁点が合成されたグリフが用意されています。AJ1には、用途不明で符号化するしないで揉めてしまい、長年にわたって宙ぶらりんになっていた小さいこ/コというグリフがあるのですが、AM1ではこれらについてもちゃっかり濁点、半濁点付きのものが用意されています。
 よく分からないのは、ゟ(より)には濁点/半濁点付きが用意されているのに、ヿ(コト)には用意されていない点です。一見仮名文字っぽくないので見落とされてしまったのでしょうか。

 仮名文字も、CID+1194以降のものがCID+1595以降繰り返し現れているように見えますが、featuresの記述およびAM1の頁の記述によれば、後者はルビとして使うことを意図したグリフだそうです。よく見ますと後者のグループのグリフは、縮小されることを見越して少し太めに作られているのが分かります。

 AJ1では、1つの仮名につき「1: 基本形、2: 横書き専用、3: 横書き専用プロポーショナル、4: 縦書き専用、5: 縦書き専用プロポーショナル、6: ルビ」と6種類ものグリフが用意されていますが(初期に追加された仮名に限ってはさらに7: 半角カタカナも)、Source Han/源ノフォントファミリーでは「1: 基本形兼横書き用、2: 縦書き専用」の2つに簡略化されました。
 AM1では後者をさらに再整理して、「横書きと縦書きの区別をなくす」「その上でルビ用のグリフを導入する」という形を採っています。
 漫画の吹き出しやモノローグは基本的に縦書きですので、「横と縦で別のグリフを用意するのはやめる(ただし小さい仮名は除く)」というのは妥当な判断だと思われます。

追加されたもの3: 「ー」や「〰」を好きなだけ引き延ばせる

 AM1では「ー」や「〰」を好きなだけ引き延ばせるように、これらについては「始めの部分」「真ん中の部分」「終わりの部分」とに3分割したグリフが提供されています。
 例えば「ー」はCID+1415-1417が横書き用の3つセット、CID+1836-1838が縦書き用の3つセットになっていて、「〰」はCID+17893, 1181, 17894が横書き用の、CID+17895-17897が縦書き用のそれぞれ3つセットになっています。

残ってしまったもの

 Source Han/源ノフォントのグリフ集合を下敷きにしたせいで、「これはAM1に入れる必要がなかったのではないか」と思われるものもちょくちょくあります。大半はCJKV関連です。

IDC(CID+1130から1141まで。U+2FF0-2FFB相当)

 IDCとはIdeographic Description Character(s)の略で、ある漢字がどういう部品から構成されているかを示すのに使われる表記です。漢字の符号化に携わっている人か、漢字の専門家でもない限りまず使わないでしょうから、これは漫画用のグリフ集合に入れる必要はなかったのではないでしょうか。

㍘~㍰(CID+2278から2302まで。U+3358-3370相当)

 中国語で「0時~24時」を意味するもので、日本向けの文字ではありません。
 ひょっとすると本来の用途から離れて、点数を表すのに使えるという意図でAM1に入れられたのかもしれませんが、そういう使われ方をするようになると「25点から100点までも入れてほしい」という声が出てきかねず、後々面倒なことにならないかなという気もします。

声点(CID+1175から1178まで。U+302A-302D相当)

 声点(しょうてん)とは、漢字の四隅に点を打つことでその字の声調(トーン)を示す表記法、またはこの表記法によって打たれた点のことをいいます。日本では平安時代以降、漢字のみならず仮名に注記して、アクセントを示すということが行われていました。個人的になじみ深い表記ではあるのですが、日本で使われていた声点をデジタル化するには四隅に加えて最低でも「左下隅よりやや上」「右下隅よりやや上」の6点体系にした上で、6箇所すべてに点1つの「単点」と点2つの「双点」とが表示できるようにしないとなりません。
 つまり現状の「四隅に単点を打てる」だけでは不充分なのです。これも削除して良かったのではないかと思われます(霧フォントも初期の頃は入れていたのですか、前期の理由により削除してしまいました)。

長ーいグリフ(CID+1101-1102, 1182-1183, 17628-17629など)

 先に「ー」や「〰」については好きなだけ引き延ばせるように、「始めの部分」「真ん中の部分」「終わりの部分」とに3分割したグリフが提供されていると書きましたが、その一方でAM1は源ノフォント由来の「最初から長ーく作ってある単体のグリフ」というものも持っていて、いわば「三つ揃いのグリフを組み合わせる方法」と「単体の長ーいグリフを提供する方法」とが混在している状態にあります。

 この長ーいグリフはソフトによっては著しく行間が開く原因となり、個人的に派生フォントを作る時に手こずらされた経験があるものですから、長いダーシなども「始まり・真ん中・終わり」の3種類のグリフを提供するという方法にしてしまっても良かったのではないかと思ってしまいます。

その他欧文など

 仮名グリフ以外に関しては、AM1は源ノ角ゴシックJP 2.004の仕様をほぼそのまま継承していると見て良さそうです。当方で確認したところ、CID+371 (U+0451) までは源ノ角ゴシックJP 2.004とCIDの順番がまったく同じであるようでした。
 源ノ角ゴシックはCID+372以降にU+1100-11FFの文字を割り当てているため、一旦AM1との同期から外れますが、CID+628以降は再びAM1のCID+372以降と同期するようになり、この状態はU+26A0(源ノ角ゴシックのCID+1325, AM1のCID+1069)まで続きます。その後、AM1側にだけあるU+26AA-26ABを挟んでU+26BDより再び同期が再開し、そのままU+3000台に突入してゆきます。

 源ノフォントはPan-CJKVフォント構想の下、東アジア固有の文字を1つのフォントに詰め込むことを最優先に作られています。そのため東アジア固有の文字ではないものについては必要最低限なものしか含まれていません。AJ1に比べると大幅に減っています。

 漫画用のフォントにおいて、仮名・漢字以外の種類の文字がどの程度必要かというのはなかなか悩ましい問題です。源ノフォントはJIS X 0208(いわゆる78年JIS, 83年JISの系譜)はカヴァーしていますが、JIS X 0213はカヴァーしていません。そのため例えば発音記号などは表示できません。AM1もこの特徴を継承していますので、漫画形式の語学参考書のようなものを作ろうとする際にはネックとなるでしょう。
 またU+0100-017Fの範囲がスカスカですので、中欧・東欧系の人名や地名を打とうとしても文字が出ないということも起こり得ます。

回転済みグリフ

 AJ1では、欧文文字や半角カタカナなど全角幅ではないもの、プロポーショナルグリフや半角グリフについては90度右回転させた状態のグリフも含んでいて、縦書き時にはそちらの回転済みグリフが使われるようになっています。何を回転させるかはOpenTypeのvrt2という機能タグによってコントロールされます。
 AM1にはこのような回転済みグリフは含まれていず、featuresファイル内にはvrt2タグ自体が存在しません。

 このことが「漫画では欧文文字や半角カタカナなども正立した状態で表示されるべし」ということを意味するのか、それとも「何を回転させるかは利用するソフトによってコントロールされるべし」ということを意味するのか、今のところ言及されていないようです。

まとめ

 こうして考えてみますと、「濁点、半濁点をすべての仮名文字と組み合わせたグリフ」「!や?を3つ以上連ねたグリフ」「長いーや〰を打つための三つ揃いグリフ」のみからなり、ゴシック体グリフは含まない純粋なアンチック体の文字集合をAdobe-Manga1(またはAdobe-Japan1のSupplement 8)と呼ぶことにしたほうがすっきりしたのではないかなという気がしてきます。引っかかりを覚えるのはどれもゴシック体の部分だからです。

 今後Adobe以外からもAM1準拠のフォントが出てくるのか、あるいはAM1自体、拡張されてAdobe-Manga1-1のようなものもそのうち登場するのか今のところまだ分かりませんが、個人的にはAdobe-Japan1とAdobe-Manga1というCIDに互換性のない規格が併存する状況は使う立場としても作る立場としても記憶の負担になりあまり嬉しくないので、どちらかをもう片方のsupersetにしてそれ一本にしてくれたら良いのになと感じています。

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