ラテン文字の読み方と発音

目次

1. ラテン文字の読み方

 日本で一般に「アルファベット」と呼ばれているA, B, Cで始まりZで終わる文字群は、正式名称を「ラテン文字」または「ラテン・アルファベット」と言い、本来はその名の通りラテン語を表記するためのものです。もともとラテン語を書くために整備されただけあって、文字と発音との対応はかなり単純です。

 ラテン文字の読み方には大きく分けて「古典式」と「教会式」との2種類があります。

古典式

 その名の通り古典期(紀元前1世紀~紀元1世紀または2世紀頃)のラテン語の発音を復元したものです。市販のラテン語の入門書ではたいていこちらを取り上げています。特に理由がなければ、ラテン語を学ぶ際にはこの発音を習得するのが良いでしょう。

教会式

 現代イタリア語で書かれた文章を読むのと同じようにラテン語を読む方式です。ラテン語聖書の朗読やクラシックのミサ曲の合唱を行う場合などは、こちらの発音のほうが良いでしょう。

 古典式発音・教会式発音を比べながら、文字の読み方についてご紹介してゆきます。なおここからの文中、[] 内はIPA記号による発音表記を意味します。

1-1. 母音字の読み方 (A, E, I, O, U, AE, OE, AU, EU, UI)

 基本的にはそのまま「A=ア, E=エ, I=イ, O=オ, U=ウ」と読めば良いのですが、次のような注意点があります。

母音字の発音
文字 古典式 教会式
A

IPA: [a] または [aː]

 日本語の「ア」「アー」とほぼ同じです。長音の場合、マクロン(上線)を付けて Ā と表記されることもあります。

IPA: [a]

 母音の長短を区別しないこと以外は古典式と同じです。

E

IPA: [e] または [eː]

 日本語の「エ」「エー」とほぼ同じです。長音の場合、マクロン(上線)を付けて Ē と表記されることもあります。
 英語の「エイ」のような発音は、ラテン語としては「訛り」です。

IPA: [e]

 母音の長短を区別しないこと以外は古典式と同じです。

I

IPA: [i] または [iː]

 日本語の「イ」「イー」とほぼ同じです。長音の場合、マクロン(上線)を付けて Ī と表記されることもあります。

IPA: [i]

 母音の長短を区別しないこと以外は古典式と同じです。

O

IPA: [o] または [oː]

 日本語の「オ」「オー」とほぼ同じです。長音の場合、マクロン(上線)を付けて Ō と表記されることもあります。
 英語の「オウ」のような発音は、ラテン語としては「訛り」です。

IPA: [o]

 母音の長短を区別しないこと以外は古典式と同じです。

U

IPA: [u] または [uː]

 おおむね日本語の「ウ」「ウー」と同じですが、特に東日本出身の方は意識して唇の丸めをはっきり作るようにしてください。
 長音の場合、マクロン(上線)を付けて Ū のように表記されることもあります。

IPA: [u]

 母音の長短を区別しないこと以外は古典式と同じです。

AE

IPA: [ae]

 文字通り「アエ」と発音します。「ア・エ」と切らずに一息に発音します。
 A+Eと2つの音が連続しているのではなく、AEで1つの母音です。このような母音のことを「二重母音」といいます。

IPA: [e]

 Eと同じように発音します。活字がある場合は Æ/æ と一文字にして印刷されることが多いようです。小文字は次の œ と似ていることもあり、しばしば混同されて "cæli" が "cœli" のように書かれたりします。

OE

IPA: [oe]

 文字通り「オエ」と発音します。「オ・エ」と切らずに一息に発音します。
 これもO+EではなくOEという1つの二重母音です。

IPA: [e]

 Eと同じように発音します。活字がある場合は Œ/œ と一文字にして印刷されることが多いようです。

AU

IPA: [au]

 A+UではなくAUという1つの二重母音です。「ア・ウ」と切らずに「アウ」と一息に発音します。

EU

IPA: [eu]

 E+UではなくEUという1つの二重母音です。「エ・ウ」と切らずに「エウ」と一息に発音します。出現頻度は低く、ceu, heu, heus, neu, seu の他には、ギリシア語由来の固有名詞や借用語に現れる程度です。

 この他のEUは二重母音ではなくEとUとがたまたま続いているものです。例えばmeusのeuはme-usと区切ります。

UI

IPA: [ui]

 多くの場合、U+Iと2つの母音が連続しているものとして扱われますが、cui, huic など少数の語では UI で1つの二重母音として扱われます。その場合は「ウ・イ」と切らずに「ウイ」と一息に発音します。

 本来は単なる母音の連続であるものが、韻律の都合などで二重母音扱いされることもあります。たとえば dein(de)や第5曲用名詞の単数属格および与格(例:reī)などの E+I/E+Ī がそうで、これらが二重母音 [ei] 扱いされる場合には「エ・イ」「エ・イー」と切らずに「エイ」と一息に発音します。

 母音に関して、古典式と教会式とで異なるのは次の点です。

 なお教会式でもまれに AE をそのまま「アエ」と読むことがあります。その場合はたいてい E の上に「¨」という分音符(ぶんおんふ。前の文字と分けて読めという指示)を乗せて "Michaël" のように表記します(ちなみにこの語はヘブル語に由来し、ギリシア語経由でラテン語に入ってきた外来語です。ヘブル語の語構成Mi-cha-elを尊重して、ラテン語でもAとEとは別音節と見なされます。古典発音は辞書によりMichāēlとしているものとMichaēlとしているものとがありますが、ミサ典書では後者の発音を採用してアクセントをMi-に置いています)。

 母音の長短を書き分ける場合、長い母音に対してはマクロン(macron, 上線)と呼ばれる記号を添える一方、短い母音に対しては何も記号を付けないのが原則です。ただ辞書などで短い母音であることを明示したい場合には、ブレヴェ (breve) と呼ばれる記号が付けられることもあります。例:ĕt(eの上に付いている記号がブレヴェ)。

第6の短母音

 短母音Uの中には古典期中に短母音Iに変化していったものがあります。辞書の見出しのところに "optimus (optum-)", "septimus or septumus" のようにi形とu形とが併記されていたら大抵このパターンです。
 このようなUは、古典期には「I寄りのU音([ʉ])」ないし「U寄りのI音([ɨ])」だったようで、最終的に[i]へ統合されていったため、綴りのうえでもUとIとの間で揺れていたのではないかとされています。

 この中間的な母音については "Institutio Oratoria" (Quintilianus) の1.4.8に出てくる 'Medius est quidam u et i litterae sonus (non enim sic "optimum" dicimus ut "opimum")' という文が有名です(Optimumのiをopimumのiと同じようには発音せぬことを例に挙げて、UとIの中間音を表す文字が求められると述べている)。

1-2. 子音字の読み方 (B, C, D, F, G, GN, H, J, K, L, M, N, NG, P, Q, R, S, SC, T, TI, V, X, XC)

 基本的には1字1音の関係にあるのですが、一部の文字は教会式発音で特殊な読み方をすることがあります
 なお以下の表中に出てくる「無声化」「有声化」というのは音声学の用語で、それぞれ日本語の「清音化」「濁音化」と大体同じ意味です。

子音字の基本的な読み方
文字 古典式 教会式
B

IPA: [b]

 日本語のバ行の子音と同じですが、唇を一旦きっちりと閉じるよう意識しましょう。閉鎖が不完全で唇の間から空気が漏れると、[v] に似た [β] という子音になってしまいます。

 例外的に bs/bt という並びは、まるで ps/pt であるかのように(つまり[ps] [pt] と)発音します。これは後ろの S/T の影響で B が無声化(日本語で言うところの清音化)したものです。

C

IPA: [k]

 日本語のカ行の子音と同じです。

IPA: [tʃ](E, I, AE, OE, Yの前)

 後ろに E, I, AE, OE, Y のどれかが続く時、Cは [tʃ] と発音します。これは日本語の「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」の子音と同じです。

IPA: [k](上以外の時)

 上の条件に当てはまらぬ時は古典式と同じように発音します。

D

IPA: [d]

 日本語の「ダ・ディ・ドゥ・デ・ド」の子音と同じ音です。ダ行の中でも「ヂ・ヅ」の子音は [d] とは別の音です。

F

IPA: [f]

 下唇を上の前歯に軽く当て、その隙間から息を出す音です。日本語の「フ [ɸu]」 の子音 [ɸ](上下の唇を寄せて発音する)でも代用できます。

G

IPA: [ɡ](上以外の時)

 日本語のガ行の子音と同じです。

 日本語の場合、単語中のガ行は話者によって子音部分が鼻音 [ŋ] のカ゚キ゚ク゚ケ゚コ゚になったり摩擦音 [ɣ] になったりもしますが、ラテン語の G は後述する GN の場合を除いて常に [ɡ] です。

IPA: [dʒ](E, I, AE, OE, Yの前)

 後ろに E, I, AE, OE, Y のどれかが続く時、G は [dʒ] と発音します。これは日本語の「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」の子音 [tʃ] が有声化(日本語で言うところの濁音化)したものです。

 正確な発音のコツは「チ」と言う時と同じように、音の出始めのところで舌先を上あごか上前歯の裏かに軽く触れさせて「ヂ」と言うことです。舌先をどこにも触れさせずに発音すると、「シ [ʃi]」の濁音である「ジ [ʒi]」という別の音になってしまいます。

IPA: [ɡ](上以外の時)

 上の条件に当てはまらぬ時は古典式と同じように発音します。

GN

IPA: [ŋn]

 [ŋn] と発音します。これは直後の N の影響で G が鼻音化したものです。
 [ŋ] は日本語のカ゚行鼻濁音の子音と同じ音です。例えば agnus は「アク゚」のように発音します。

IPA: [ɲ]

 日本語の「ニャ・ニ・ニュ・ニェ・ニョ」の子音と同じです。
 2つの子音が融合して生まれた発音だけあって、母音間では少し長めに(子音2つ分の時間)発音される傾向にあります。例えば agnus は「アニュス」より「アンニュス」に近い発音になります。

H

IPA: [h]

 日本語の「ハ・ヘ・ホ」の子音と同じ音です。

 同じハ行でも日本語の「フ」は、FU [fu] にそっくりの [ɸu] という音であることが多く、HU [hu] には聞こえませんので注意しましょう。

 また「ヒ」も、HI [hi] とは異なる [çi] という音であることが多いのですが、こちらはそれほど気にする必要はありません(ラテン語には HI [hi] 以上に似た音が他にないので、HI以外の何かに聞こえてしまう恐れがない)。

 ラテン語の HI, HU を発音する時は、口の奥のほうで「ヘィ・ホゥ」のように発音すると [hi][hu] になります。
 例:hīc annus(ヘィー・アンヌ)、hunc annum(ホゥン・アンヌ)。

0~[h]

 教会ラテン語では無音、つまり発音されないのが原則です。しかし実際は、話し手・歌い手の母語に /h/ という子音が存在する場合には発音されるケースも見られます。

 例えばイタリア語やフランス語には /h/ という子音がありませんので、これらの言語を母語とする方は、教会ラテン語を読み上げる時にも H を発音しません。一方、英語やドイツ語のように /h/ という子音が存在する言語を母語とする方は、教会ラテン語を読み上げる時にもしばしば H を [h] と発音します。

 日本語も /h/ という子音が存在する言語ですので、「hodie(ホディエ)」「Johannes(ヨハンネス・ヨハネス・ヨハネ)」「hosanna(ホザンナ)」など H を発音する例が見られます。

J

IPA: [j]

 日本語の「ヤ・ユ・ヨ」の子音と同じ音です。
 この字はもともと I の変種に過ぎず、「まっすぐの I は母音として、先の曲がった J は子音として使う」という使い分けは時代が下ってから確立されたものです。現代でもラテン語を書く時には J の代わりに I が使われることがあります(例:jam = iam)。

K

IPA: [k]

 ラテン語では "kalendae"(カレンダー)を除いてまず使われません。発音は常にカ行の子音と同じです。
 教会ラテン語ではギリシア語由来の語を綴るのに K が使われることもあります(例:Kyrie)。

L

IPA: [l]

 日本語にはない音です。英語・イタリア語・フランス語などの L と同じ音です。舌の先を上の前歯裏の歯茎に突き立て、舌の横から息を抜くようにして発音します。

M

IPA: [m]

 日本語のマ行の子音と同じです。B 同様に、唇を一旦きっちり閉じるよう意識しましょう。

N

IPA: [n]

 日本語のナ行の子音と同じです。

 教会式発音では「に」の発音に注意を要します。日本語の「に」は [ni] よりも [ɲi] に近く、これは教会式発音では GNI で表される音に聞こえます。
 例えば anni(annus「年」の複数形)を日本語風に「アンニー」と読むと、教会式発音では agni(agnus「子羊」の複数形)と言っているように聞こえてしまいます。教会式発音に基づいてラテン語を読み上げる時は、NI は「ヌィ」のように発音しましょう。そうすると [ni] になります(先の例で言えば anni は「アンヌィー」、agni は「アンニー」)。

 一方、古典式発音には /ɲ/ という子音そのものが存在しませんので、NI を日本語の「に」と同じように発音しても問題ありません。たとえ [ɲi] と発音してもそれは [ni] の変種にしか聞こえぬためです。

NC/NQ

IPA: [ŋk]

 C または Q の前に来る N は [ŋ] と発音します。これは後ろの [k] の影響で N の調音位置が後ろへずれたものです。

 もっともほとんどの方がK音やG音の前では無意識に N を [ŋ] と発音しているはずですので、この発音に関しては特に意識せずとも大丈夫です。

NG

IPA: [ŋɡ]

 G の前に来る N も同様に [ŋ] と発音します。これも後ろの G の影響で N の長音位置が後ろへずれたものです。

 前記の通りほとんどの方がK音G音の前では無意識に N を [ŋ] と発音しているはずですので、特に意識せずとも大丈夫です。

IPA: [ndʒ](E, I, AE, OE, Yの前)

 後ろに E, I, AE, OE, Y のどれかが続く時、NG は原則通り [ndʒ] と発音します。

IPA: [ŋɡ](上以外の時)

 上の条件に当てはまらぬ時は古典式と同じように発音します。

P

IPA: [p]

 日本語のパ行の子音と同じです。

Q

IPA: [k]

 常に U と組み合わせて使われ、QU という並びで [kw] と発音します。「クヮ」の子音部分の発音です。

R

IPA: [ɾ]~[r]

 イタリア語やスペイン語の R と同じ音です。舌先で上あごを弾くようにして発音します。日本語のラ行子音とも似ています。一方、英語の R とはかなり異なります。
 舌の横からも声が抜けると L のように聞こえてしまいます。舌を平たくして、頰もややすぼめ気味にして、声が舌の横から漏れないようにしましょう。
 上あごを舌先で1回だけ弾く発音は [ɾ] という文字で表され、顫音(せんおん。トリル。いわゆるベランメエ口調のラ行)は [r] で表されます。

 日本語のラリルレロは L か R かで言えばほとんどの方は R なのですが、近年は「混乱」「反乱」「凡例」など「ン」の直後のラ行音だけ L で発音しているケースをちょくちょく耳にします。R を発音する時は舌の横から息を抜かぬよう注意しましょう。

S

IPA: [s]

 日本語の「サ・ス・セ・ソ」の子音と同じです。現代西欧語のように母音間で有声化して、「ザ・ズ・ゼ・ゾ」のような音になることはありません。
 SI は「シ」ではなく「スィ」のように発音します。

IPA: [z](前後を母音に挟まれた時)

 前後を母音に挟まれた S は、現代西欧語風に有声化して [z] と発音しても良いことになっています。
 後述する Z [dz] との区別に自信がなければ、S はすべて古典式に [s] と発音しても差し支えありません。

IPA: [s](上以外の時)

 上の条件に当てはまらぬ時は古典式と同じように発音します。

SC

IPA: [sk]

 文字通りに発音します。

IPA: [ʃ](E, I, AE, OE, Yの前)

 後ろに E, I, AE, OE, Y のどれかが続く時、SC は [ʃ] と発音します。これは日本語の「シャ・シ・シュ・シェ・ショ」の子音と同じです。
 2つの子音が融合して生まれた発音だけあって、母音間では少し長めに発音される傾向にあります。例えば piscis は「ピシ」より「ピッシ」に近い発音になります。

IPA: [sk](上以外の時)

 上の条件に当てはまらぬ時は古典式と同じように発音します。

T

IPA: [t]

 日本語の「タ・ティ・トゥ・テ・ト」の子音と同じ音です。タ行の中でも「チ・ツ」の子音は別の音です。

TI

IPA: [ti]

 文字通りに発音します。

IPA: [tsi](後ろに母音が続く時)

 日本語の「ツィ」と同じ音です。「ツ・イ」と2拍で言うのではなく、「ツィ」と1拍で言います。

 例外として前に S, T, X のいずれかが来る時(つまり STI-, TTI-, XTI- という並びの場合)は、文字通り [ti] と発音します。

IPA: [ti](上以外の時)

 上の条件に当てはまらぬ時は古典式と同じように発音します。

V

IPA: [w]

 日本語のワの子音と同じ音です。
 この字と U という字はもともと同じ字で、「下が丸い U は母音として、下が尖った V は子音として使う」という使い分けは時代が下ってから確立されたものです。現代でもラテン語を書く時には U の代わりに V が使われることがあります(例:Jesus = Iesvs)。

IPA: [v]

 日本語にはない音です。F の有声音で、英語・イタリア語・フランス語などの V と同じ音です。下唇を上の前歯に軽く当て、その隙間から声を出して発音します。
 上下の唇を寄せて発音するヴ音 ([β]) でも代用できます。
 もし B との区別に自信がないようであれば、古典式と同じように「ワ・ウィ・ウゥ・ウェ・ウォ」と [w] で発音したほうが良いでしょう。

X

IPA: [ks]

 CS とを続けて読むのと同じ発音です。

XC

IPA: [ksk]

 文字通りに発音します。

IPA: [kʃ](E, I, AE, OE, Yの前)

 後ろに E, I, AE, OE, Y のどれかが続く時、XC は [kʃ] と発音します。
 X = C + S であることを念頭に置くと分かりやすいのではないかと思います。

IPA: [ksk](上以外の時)

 上の条件に当てはまらぬ時は古典式と同じように発音します。

 ラテン語には W という文字はありません。この字は中世以降、ゲルマン語圏(英語やドイツ語圏)で作られたものです。
 比較的新しい時代に書かれたラテン語の文章ですと、ゲルマン語由来の固有名詞の中に W が現れることもありますが、それらをどう発音するかは特に決まっていません。[v] であったり [w] であったり話者次第です。

 既述の通り教会式発音では、C, G, SC, TI, XC などは後ろに前舌母音 (E, I, AE, OE, Y) が続くと発音が変化します。この変化はあくまで1つの単語の中で C, G, SC, TI, XC などの後ろに前舌母音が続いた場合のみに起こるもので、複数の単語を跨いだ場合には起こりません。
 たとえば "nunc et "の C は教会式でも [k] と発音されます。

1-2-1. 複数の文字で表記される子音 (CH, TH, PH, RH)

 古代のギリシア語には、ラテン語には存在しない子音がいくつかありました。そのような音を含む単語をギリシア語から借用する時のために編み出されたのが、CH, TH, PH, RH のような表記です。

CH, TH, PH, RH

古典式発音: それぞれ [kh][th][ph][rh] あるいは [k][t][p][r]

 前から順に各々ギリシア文字の Χ, Θ, Φ, Ρ に対応するラテン文字表記です。古典ラテン語(紀元前1~紀元1世紀または2世紀頃)と同時代のギリシア語(コイネー)では、それぞれ [kʰ], [tʰ], [pʰ], [rʰ](ʰは気息が伴うことを表す)という発音であったと推定されていますので、当時のラテン語でも規範的な発音はそのようであったと考えられます。

 しかしラテン語の話者にとってこれらは母語にない発音、外国語の音です。それだけに大半の人々は正確な発音ができなかったらしく、最終的には C, T, P, R とまったく同じ発音になってしまいました。
 これは現代日本語において、綴りの上では外来語の V に「ヴ」という表記を当てても、実際に [v] と発音したり、B [b] と聞き分けたりできるかどうかはまた別の問題であるのとよく似ています。

教会式発音: それぞれ[k][t][f][r]

 古典式と異なり、PH が [f] と発音される点にご注意ください。
 CH は常に [k] です。後ろに I や E などが来ても [tʃ] とはなりません。また TH も常に [t] です。後ろに -ia などが続いても [ts] とはなりません。

 ラテン語の場合、CHI/CHEは何式発音であっても「チ/チェ」とはならぬことにご注意ください。

1-2-2. ギリシア文字から借用してきた文字 (Y, Z)

 先に見た「複数のラテン文字を組み合わせる」という方法を駆使してもうまく表記できない発音がギリシア語には存在していました。そのような音を含む単語を借用する時のために、ギリシア語で使われていた文字体系、いわゆる「ギリシア文字」から文字そのものも借用してきて、ラテン・アルファベットの末尾に加えられたのが Y と Z です。

ギリシア文字から借用した文字

Y

古典式: [y][yː] あるいは [i][iː]

 ギリシア文字の Υ(ユプシロン)に由来します。ギリシア語では [y](唇を丸めながらイと発音する)という母音を表記するのに使われていました。

 ラテン語でも同じように発音するのが規範的な発音であったと思われますが、当時のラテン語話者の大半は Y を正確に [y] とは発音できなかったらしく、最終的にこの文字は I とまったく同じ発音 [i] をされるようになりました。
 ゆえに古典式発音を行う場合も、[y] と発音しても [i] と発音してもどちらでも大丈夫です。

教会式: [i]

 教会式発音では I とまったく同じように発音します。

Z

古典式: [zː]~[z]?

 ギリシア文字の Ζ(ゼータ)に由来します。ラテン文字に追加されたのは紀元前2~1世紀頃のこととされています。
 Z の発音については謎が多く、古典期のラテン語でどういう発音であったのかははっきりしていません。分かっているのは次のことぐらいです。

  • ラテン語の詩・韻文では、母音間の Z は子音2つ分と数えられていた
  • Z という文字が入ってくるより前のラテン語では、ギリシア語からの借用語に Ζ(ゼータ)が含まれていた場合、母音間のものについては "ss" に、それ以外の位置のものについては "s" に置き換えて表記していた(参照⇒Lewis & Shortの "Z" の項目)。
  • Z がラテン語に借用された時代のギリシア語(コイネー)では、Ζ(ゼータ)は [z] と発音されていたと推定されている。

 以上を踏まえると、古典ラテン語において Z という文字は、母音間では [zː](長子音、子音2つ分。[zz] 相当)、それ以外の位置では [z] と発音するのが規範的な発音であったのではないかと考えられます。ただし先に見た Y の場合と同じく、実際にその通り発音されていたかはまた別問題で、外来音であるがゆえに大半の話者は訛って発音していた可能性も残ります。

 なお前掲のLewis & Shortの "Z" の項の解説にある通り、3~4世紀頃になると、語頭の "di-(次に母音が続く)" を "z" で置き換えた例が見られるようになります。このことからラテン語の Z は、この頃には [dj]~[dʒ]~[ɟ]~[ʒ] のような発音であったと考えられます。この発音は後々ロマンス語・教会ラテン語の [dz] へと繋がってゆきます。

教会式: [dz]

 教会式発音では [dz] と発音します。これは日本語の「ツ」の子音部分 [ts] が有声化したもので、「ス」の子音部分 [s] が有声化した音である [z] とは似て非なる別の音です。
 正確な発音のコツは「ツ」と言う時と同じように、音の出始めのところで舌先を上あごか上前歯の裏かに軽く触れさせて「ヅ」と言うことです。舌先をどこにも触れさせずに発音すると、「ス [su]」の濁音である「ズ [zu]」という別の音になってしまいます。

1-2-3. 子音体系表

古典式発音の子音体系
上歯茎裏 硬口蓋 軟口蓋
摩擦音 無声 F [f] S [s] H [h]
有声 Z [z]~[zː]
破裂音・
黙音 *1
無声 P [p] T [t] C,K,Q [k]
有声 B [b] D [d] G [ɡ]
鼻音 M [m] N [n] N(G),G(N) [ŋ]
接近音・流音 V [w] L [l]
R [ɾ]~[r]
教会式発音の子音体系
上歯茎裏 上歯茎裏後部 硬口蓋 軟口蓋
摩擦音 無声 F [f] S [s] SC(E,I) [ʃ] (H [h])
有声 V [v] -S- [z]
破擦音 無声 T(I-) [ts] C(E,I) [tʃ]
有声 Z [dz] G(E,I) [dʒ]
破裂音・
黙音 *1
無声 P [p] T [t] C,K,Q [k]
有声 B [b] D [d] G [ɡ]
鼻音 M [m] N [n] GN [ɲ] N(G) [ŋ]
接近音・流音 L [l]
R [ɾ]~[r]

 現代イタリア語に存在する子音のうち、[ʎ] のみは教会ラテン語に現れません。

1-3. 同じ子音が連続している場合

 同じ子音が2つ続いている箇所は、1つの子音を長めに発音します。書物によっては文字通り同じ子音を2回続けて発音するよう説いているものもあります。
 これをあえてカタカナ表記しますと次のようになります。

 単体のRと、Rが連続するRRとは本来どのように発音しわけられていたのかはっきり分かっていませんが、次のいずれかであったであろうと考えられます。

 教会式発音では話者の母語にかなり左右される傾向にあるようです。主祷文 "Pater Noster" に出てくる "in terra" というフレーズはRR音の聞き比べがしやすい例の1つですが、話者や歌い手によってはRが1つの場合との違いが明確でなかったりもします。

 このようにラテン語では、子音1つの場合と同じ子音が2つ続いている場合とで発音が異なりますので、英語をカタカナ化する際の習慣を無意識に持ち込まぬよう注意しましょう。例えば et を「エット」のように詰めて発音しますと、あたかも ett であるかのように聞こえてしまいます。Tが2つあるように聞こえぬように、「エ」と詰めずに発音しましょう。
 同様に x も「エックス」と詰めて発音せず、「エキス」のように発音しましょう。

1-4. 備考・ドイツ式

 これまでの表には入れませんでしたが、音楽の世界にはドイツ式発音というものもあり、次のような特徴をしています。

母音

  • 母音は「開音節」かつ「アクセントがある音節」においては長母音として発音される傾向にある。
  • Yは [y] または [yː] と発音する(現代ドイツ語にはこれらの母音が存在するため)。
  • AE=Æ は [ɛː](広い「エー」。[eː] よりも舌の位置が低い)と発音する。
  • OE=Œ は [øː](唇を丸めながら「エー」と言う。[eː] の唇を丸めた版)と発音する。

子音

  • 後ろに前舌母音 (E, I, AE, OE, Y) のどれかが続く時、Cは [ts] と発音する(古典式は [k]、教会式は [tʃ])。
  • 後ろに前舌母音 (E, I, AE, OE, Y) のどれかが続く時、CCは [kts] と発音する(古典式は [kk]、教会式は [ttʃ])。
  • Z も [ts] と発音する(教会式の [dz] は現代ドイツ語にない子音)。
  • G は常に [ɡ] と発音する(古典式と同じ)。
  • H は常に [h] と発音する(古典式と同じ)。
  • QU は [kv] と発音する。
  • 後ろに前舌母音 (E, I, AE, OE, Y) のどれかが続く時、SCは [sts] と発音する(古典式は [sk]、教会式は [ʃ])。
  • 後ろに前舌母音 (E, I, AE, OE, Y) のどれかが続く時、XCは [ksts] と発音する(古典式は [ksk]、教会式は [kʃ])。
  • 後ろに母音が続く TI- は [tsi] と発音する(教会式と同じ)。
  • V は [v] と発音する(教会式と同じ)。

1-5. 文字の名前

 各ラテン文字の名前は次の通りです。

ラテン文字の名前(古典式発音)
ABCD
[aː][beː][keː][deː]
EFGH
[eː][ef][geː][haː]
I/JKLMN
[iː][kaː][el][em][en]
OPQRST
[oː][peː][kuː][er][es][teː]
U/VX
[uː][iːks][iks][eks]
YZ
[yː][iːgraeka][zeːta]

 後世になって分かれ出た子音としてのJやV、ゲルマン語圏で作られたWには確立された呼び方はありません。

 後に子音 /h/ が発音されなくなると、H ([haː]) は A ([aː]) と同じ名前になってしまうことを避けるため、 [aca] と呼ばれるようになったようです。現代のロマンス語はたいてい後者の名前を継承しています(イタリア語 acca、フランス語 ache、カタルーニャ語 hac、スペイン語 hache、ポルトガル語 agá など)。