「高い」という単語を例に、形容詞の活用形を示します(表1)。
語形 | アクセント | |
---|---|---|
終止・連体 | たかい | ●○○ |
連用 | たこう | ○●○ |
連用中止 | たこうて | ○●○○ |
(たかかって | ○●○○○) | |
過去・完了 | たかかった | ○●○○○ |
仮定 | たかかったら | ○●○○○○ |
たかけりゃ | ○●○○ | |
(たかければ | ○●○○○) |
形容詞に関して京都語と東京語とで異なるのは次のような点です。
このうちもっとも重要な違いは、最初に挙げた「ウ音便」です。形容詞の連用形語尾が『‐く/‐くて』→『‐う/‐うて』のように変化するのは、ウ音便の代表的な例で、西日本語に共通して見られる現象です。
ウ音便は直前の母音を巻き込んで、次のような発音の変化を引き起こします。
「‐う」「‐うて」の 直前の音 |
変化の仕方 | 例 |
---|---|---|
アの段の音+ウ音便 | アウ→オー / [au]→[o:] | 高う(たカウ → たコー) |
イの段の音+ウ音便 | イウ→ユー / [iu]→[ju:] | 欲しう(ほシウ → ほシュー)欲しゅう |
ウの段の音+ウ音便 | ウウ→ウー / [uu]→[u:] | 薄う(うスク → うスー) |
エの段の音+ウ音便 | エウ→ヨー / [eu]→[jo:] | (現代語にはなし) |
オの段の音+ウ音便 | オウ→オー / [ou]→[o:] | 遅う(おソク → おソー) |
東京語では、形容詞は活用しても「タカ‐い」「タカ‐く」というふうに、語幹の部分は一定で変化しません。しかし京都語にはウ音便が存在するため、活用すると「タカ‐い」「タコ‐う」というふうに、形容詞の語幹部分が変化することもあります(※形容詞の語幹〔ゴカン〕とは、「大き‐い」「小さ‐い」などから最後の「‐い」を取り除いた部分のことを指します)。
ウ音便の形はしばしば訛って次のようにも発音されます。
さらには「美し‐い」や「大き‐い」など、語幹が「イの段」で終わる形容詞のウ音便形は、今述べた母音短縮に加えて次のような訛りもあります。
表にまとめると次のようになります。
語尾の類 | 語例 | ウ音便・原形 | 短縮化 | 直音化 | 直音+短縮化 |
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ア‐イ型 | 高‐い | 高うなる(タコーナル) | たこなる | - | |
イ‐イ型 | 欲し‐い | 欲しゅうなる | ほしゅなる | ほしいなる | ほしなる |
ウ‐イ型 | 薄‐い | 薄うなる | うすなる | - | |
エ‐イ型 | - | (現代語にはなし) | |||
オ‐イ型 | 遅‐い | 遅うなる | おそなる | - |
形容詞「ない」の連用形(副詞用法)は原則通りなら「のう」になるべきところですが、この言い方は原型「なく」を連想しづらいこともあってか、次のような言い換えがされることもあります。
「のうなる(なくなる)」→「ないようになる」「あらへんようになる」
「何とのう(何となく)」→「何となしに」
「仕方のう(仕方なく)」→「仕方なしに」
共通語でも「ございます」「存じます」の前に限って、「お早く→お早う+ございます」「ありがたく→ありがとう+ございます」のようなウ音便の形が使われますが、これは昔、上方語が日本の標準語の地位を占めていた時代に江戸語に取り入れられたためで、それが後に東京語を経由して共通語に入り、今に至っています。
形容詞のウ音便に関して、次のような小咄があります。
昔、東国から京へ上ったある人が、茶の席で「お茶を紅葉(もみじ)に点てる」という表現を耳にします。その人は意味が分からなかったので思い切って質問してみたところ、「それは『濃う良う』と『紅葉(こうよう)』とをかけた洒落、つまりお茶を濃く良く点てることである」と教えられます。
その人はなるほどと感心し、故郷へ帰ると早速茶の席でこの話を披露しました。しかし東国の人はウ音便に馴染みがなかったため、誰も「濃う良う」と「紅葉」とが掛詞になっていることが分からなかったそうです。
最近は近畿でもウ音便の衰退が進みつつありますが、京都の人間までもがこの「紅葉に点てる」の洒落がわからなくなってしまうような事態にならぬことを願うばかりです。
にわかに心にわき上がってきた感情を表現するのに、共通語や東京語では形容詞をそのまま使って言い表しますが、京ことばでは形容詞の語尾を取った形(語幹といいます)を使って言い表します。
京都語 | 共通語 | 東京訛 | |
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指をぶつけた時 | いた! | いたい! | いて(え)! |
不意に氷に触れた時 | つめた! | つめたい! | つめて(え)! |
程度のはなはだしさを 目の当たりにして |
すご! | すごい! | すげ(え)! |
この時、形容詞の直前に感動詞「ああ」や「おお」などをつけて、「ああしんど」や「おおさむ」などともよく言います。
なお感嘆の際、東京では「うわっ」という言葉がよく使われますが、京都では「いやっ」という言葉がよく使われます。
東京の場合「うわっ、いきなり後ろからおどかすなよ」
京都の場合「いやっ、いきなり後ろからおどかさんといていな」
京ことばでは形容詞を丁寧化するとき、連用形(必ずウ音便の形)に「おす」または「ございます」を付けて、次のように言います。
「おす」「ございます」については1-9「丁寧語」の章でも取り上げています。
特に小・中学生ぐらいの年代で、長い形容詞を短縮して言うことがあります。
めんどい(めんどくさい)
うっとい(鬱陶しい)
ここに挙げた例のように、否定的な意味を持つ形容詞ほど短縮されやすいようです。
そこそこ年の行った方の中にも使う方はいるようですが、いずれにせよ相手に子供っぽい印象を与える言い方ですので、ご使用はあまりお勧めしません。