5-1. 近世京都言葉のあらまし

目次


3-1-1 近世京都言葉とは

 日本語の変遷について述べる際、「近世」とは江戸時代のことを指します。ゆえに「近世京都言葉」とは、「江戸時代(17世紀~19世紀半ば)の京都言葉」を意味します。

 近世語は18世紀半ば(享保[1716~1736年]ないし宝暦[1751~1764年])を境にして、前期と後期とに分けて考えるのが慣例です。

3-1-1-1 近世京都言葉と現代京都言葉との違い・文法編

 近世京都言葉と現代京都言葉との違いのうち、文法に関する主な事柄は次の通りです(現代京都言葉のほうは、新方言や近年の共通語の影響による表現は除外してあります)。

表1 近世京都語と現代京都語、文法上の相違点
近世京都現代京都

2段活用動詞
(起くる・起くれば・
起きた・起きぬ、
受くる・受くれば・
受けた・受けぬ)
近世前期(18世紀半ば頃まで)の上方語ではまだそれなりに使われていた。ただし「寝る」のように拍数が短い動詞はほぼ1段形のみ。
近世後期になると、洒落本の地の文ではそこそこ2段動詞も見られるものの、会話文では散発的にしか現れなくなる。
使用されることはない。
「蹴る」の活用 1段活用。「蹴る・蹴た・蹴ぬ・蹴よう」。
19世紀前半に刊行された『續鳩翁道話』でも、「馬部屋の板をどんどんと蹴て」と書かれている箇所があり、当時まだ1段活用であったことが伺える。
5段活用。「蹴る・蹴った・蹴らん・蹴ろう」。
ただし「蹴り飛ばす・蹴り上げる」の意味で「蹴飛ばす・蹴上げる」と言うこともでき、「蹴る」が1段動詞だった頃の名残は今も存在。
「往ぬ・死ぬ」の活用 ナ行変格活用。
例:往ぬる・往ぬれば・往ね・往んだ・往なぬ・往のう。
5段活用。
例:往・往ば・往ね・往んだ・往なん・往のう。
サ行イ音便の使用 既に衰退傾向にあり。「指す・差す・刺す」などに限って使用。 年配層に「傘を差いて」のような表現が化石的に残っているのみ。
可能動詞の使用 18世紀までは「読む・飲む・言う」など一部の動詞のみ「読める・飲める・言える」と言えた。
現代のように5段動詞なら規則的に可能動詞化できるようになったのは19世紀以降*1
使用する。
サ変動詞の一段化(感ずる→感じる) 19世紀前半に書かれた『鳩翁道話』では「案じる」「生ずる」を併用。
「感ずる→感じる」の発生時期は不詳。
「~じる」のほうが普通。


「寝る・見せる」など下1~2段動詞の意向・推量形*2 短い動詞には「よう」、それ以外は「う」を付ける。
例:寝よう、見せ(ミショー)。
常に「よう」を付ける。
例:寝よう、見せよう
「見る・起きる」など上1~2段動詞の意向・推量形*2 短い動詞には「よう」、それ以外は「ょう」を付ける。
例:見よう、起きょう
常に「よう」を付ける。
例:見よう、起きよう
否定表現 「せぬ」「言わぬ」のように「~ぬ」を使用。
過去は「~なんだ」。
「あらへん」のような表現はまだないが、前段階の「ありはせん」「ありやせん」は近世後期の文献に出現。
「言わへん」のような表現を頻用し、「言わぬ」が転じた「言わん」も使う。
過去は「言わなんだ」「言わへなんだ」。
敬語表現 「お言いなさる」「お言いる」「言うてぢゃ」などが普通。
「言わはる」のような言い方はまだないが、前段階の「言いなはる」は近世後期の文献に散見。
「お言いやす」「言わはる」などを使用。
断定「や」「ぢゃ」 「ぢゃ」が普通。ただし活用形が使われることは稀。過去は「~であった」、推量は「~であろ(う)」と言う。 「ぢゃ」が転じた「や」を使う。過去は「~やった」、推量は「~やろ(う)」と言う。
丁寧な断定 「~でござります」が普通。幕末には「~でおます」も。
「~でおす」「~どす」はまだない。
「~でおす」が転じた「~どす」を使う。
否定の推量形 「言うまい」のように「~まい」を使うことが多い。 「言わん+やろう」のように否定形+推量形で言うことが多い。


形容詞の推量形 「よろしかろ(う)」のように1語で言う。 「よろしい+やろ(う)」のように2語で言うことが多い。
形容詞「良い」の終止・連体形 そのまま「よい」であることが多い。 崩れて「ええ」になることが多い。
順接表現 「するによって」「ないによって」「そうぢゃによって」など「~によって」が多く、「~ゆゑ(に)」「~さかい(に)」も使われる。 「~さかい(に)」を使う。
逆接表現 「するが」「そうぢゃが」のように「~が」が多く、「~けれど」も使われる。 「するけど」「そやけど」のように「~けど」が多い。
「~ではないか」の口語表現 「~ぢゃないか」が普通。「ぢゃあ」と長くなることは稀。 「~やないか」が普通。さらに砕けると「~やんか」とも。
「~ている」「~てある」 そのまま「している」「してある」が普通。 「してる」と縮約したり、「したある」と同化したりすることが多い。
近世京都現代京都

3-1-1-2 近世京都言葉と現代京都言葉との違い・音韻編

 続いて音韻上の違いについて比べてみましょう。

表2 近世京都語と現代京都語、音韻上の相違点
近世京都現代京都
「くゎ・ぐゎ」と「か・が」との区別 近世を通じて「くゎ・ぐゎ」と「か・が」とは発音し分けられていた。
例:河岸(かし)←→菓子(くゎし)、誰何(すいか)←→西瓜(すいくゎ)、階段(かいだん)←→怪談(くゎいだん)
1903年に行われた調査に対して京都市は「区別はない」と回答
ただし同じ調査で、大阪府は「區別シテ發音ス」、奈良県も「(宇陀郡を除いて)區別明瞭ナリ」と回答しているので、京都も少し前まで区別を保っていた可能性が高い。
四つ仮名(じ←→ぢ・ず←→づ)の区別
(違いは舌先が上歯茎の裏に触れるか否か。シスジズは触れず、チツヂヅは触れる)
近世初頭には既に区別が怪しくなっていた(ジョアン・ロドリゲスの記述より)。
ただし「言い分けるべし」という規範意識はその後も残った(『蜆縮涼鼓集』など)。
伝統芸能の世界では、1727年刊行の『音曲玉淵集』が四つ仮名の発音方法について説いている。
区別はない。[ʒi][zu]に統合。
開合の区別(/au/由来の/ɔː/と、/ou//eu/由来の/oː/との区別) 17世紀前半には失われた。*1 区別はない。[o:]に統合。
3拍名詞の音調区別 5種類を区別。
1類●●●、2類と4類●●○、3類と5類●○○、6類○●●、7類○●○。
4種類を区別。
1類●●●、2,3,4,5類●○○、6類○○●、7類○●○。
3拍動詞の音調区別 3種類を区別。
1類●●●、2類●○○、3類○●●。
2種類を区別。
1類と2類5段活用●●●、3類と2類1段活用○○●。
4拍動詞の音調区別 3種類を区別。
1類●●●●、2類●●○○、3類○●●●。
2種類を区別。
1類と2類●●●●、3類○○○●。
3拍形容詞の音調区別 2種類を区別。
1類●●○、2類●○○。
1種類のみ。
1類と2類●○○。
4拍形容詞の音調区別 3種類を区別。
1類●●●○、2類●●○○、3類○●●○。
2種類を区別。
1類と2類●●○○、3類○○●○。

 この他、音韻の混同を伴わない、単なる発音の変化は次の通りです。

表3 近世京都語から現代京都語にかけての発音変化
近世京都現代京都
「セ・ゼ」の子音 概ね18世紀末までに中世風の「シェ・ジェ」から現代風の「セ・ゼ」へ変化。*1 一般には[se][ze]。
京都旧市街でも1900年頃生まれの方の中にはまだ「シェ・ジェ」が聞かれることあり。*2
ハ行子音 17世紀末までに中世風の「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」から現代風の「ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ」へ変化。*1 [ha][çi][ɸu][he][ho]
「エ・オ」の発音 中世風の「イェ・ウォ」から現代風の「エ・オ」へ移行した時期は不詳。 [e][o]
エイ・ケイ・セイ等、連母音「エイ」の発音 18世紀後半までには「エイ」から「エー」へ移行。*1 「エー」と発音するのが普通。
「合う」「歌う」などアウ型動詞の発音 17世紀後半~18世紀初頭に中世風の「オー・ウトー」から現代風の「アウ・ウタウ」へ移行か。*3 「アウ・ウタウ」と発音。

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