揺らぐアクセント区別~近畿中央部でのみ失われた音調区別、失われつつある音調区別~

 京都方言のサイトということで京都中心の書き方になってはいますが、実際は近畿の大部分で起こっている現象のお話です。京阪式アクセントで話す多くの方に、伝統ある発音の保持や復活に興味を持っていただけましたら幸いです。


目次


近畿で揺らいでいるアクセント区別~「麻」と「朝」の言い分け

「麻は・今は・中は・海は・空は」などは本来、近畿中央部では[あさ][いま][なか][うみ][そら]と上り調子のアクセント(○○●型)で発音します。しかし最近これを、[][][][][]と、助詞のところを下げて○●○型に発音する人が増えているようです。
 これでは元からこういうアクセントの[(朝は)][(春は)][(秋は)][(雨は)][(声は)]などと一緒になってしまいます。「麻は」と「朝は」がどちらも同じアクセントになってしまっている方、結構いらっしゃるのではないでしょうか。

 助詞を付けず名詞単独で発音した時、前者のグループは[][][][][]というふうに上り調子で発音してそのまま終わるのに対して、後者のグループは[][][][][]というふうに、2拍目は一旦上げた音程を下げながら言う(拍内下降と言います)のが本来の発音でしたが、この区別も失われつつあるようです(○●対○◐)。

 この現象は阪神間のように人の移動が多い地域でもっとも顕著で、人の移動が少ない郊外では比較的下の世代でも区別を保持していることが多いようです。
 いずれにせよ今ならまだ年配層の発音に耳を傾けることで修正可能ですので、平安朝以来続いてきた音調区別を維持したいところです。

 なお、[うみ(海は)]型名詞と[(春は)]型名詞との詳細な分類表は、資料室にて公開しています


京都近郊でのみ失われたアクセント区別~「言葉」類と「心」類

 幕末の騒乱は京の町を荒廃させたのみならず、どうやら言葉の規範性を保とうとする人間の意識や作用までをもかき乱してしまったらしく、京都では近代以降、●●○型名詞(男・表・女・言葉など)と●○○型名詞(朝日・命・心・力など)とのアクセント区別が失われ、どちらも●○○型で発音されるようになってしまいました。
 これは●●○型名詞を●○○型に発音するようになったことが原因ですが、この●●○→●○○のような現象は、アクセント核(高●から低○へ音程の下がるポイント)が語頭のほうへ昇ってゆく様子から、「昇核現象」と呼ばれています。

 京都およびその周辺部では昇核現象は徹底的に起こっていて、●●○型の発音を残していることはまれです。しかし大阪へはそれほど強く昇核現象の影響が及ばなかったため、大阪言葉には●●○型の名詞がかなり残っているとされています。
 さらに大阪より遠い和歌山や兵庫ともなると昇核現象の影響はほとんどなく、●●○型の名詞を大量に保持しています。

 昇核現象が徹底的に起こった京都アクセントと、ほとんど起こらなかった兵庫アクセント。大阪アクセントは両者の中間の状態にあるためか、アクセント調査をする際には近畿地方からは京都と兵庫が選ばれるケースが見られます(『全国アクセント辞典』『京阪系アクセント辞典』など)。

 元々どのような単語が●●○型で、どのような単語が●○○型であったかの簡単な分類表は、この頁の最後に掲載してあります


近畿中央部でのみ失われたアクセント区別
~「上がる」類と「下がる」類、「厚い」類と「暑い」類

 現代の京都およびその周辺地域では、「上げる ●●●」と「下げる ○○●」はアクセントが違うのに、「上がる ●●●」と「下がる ●●●」はアクセントがまったく同じになっています。
 実はこれらの動詞のアクセントは、南北朝時代から明治の頭*1頃までの500年ほどは、次のように綺麗に対応していたのです。

上げる ●●●下げる ●○○
上がる ●●●下がる ●○○

 明治と聞いてピンと来た方もいらっしゃるかもしれません。実はこのアクセントの混同も、前節に出てきた昇核現象が絡んでいた可能性が指摘されているのです。
 昇核現象は音韻変化の一種です。音韻変化というのは特定の品詞に限らず、条件さえ同じならあらゆる単語、文節に等しく起こります。それゆえ動詞も当然のごとく昇核現象の影響を受け、結果として次の表に示すような事態が発生したと考えられます。

昇核現象が動詞にも起こった結果
昇核前昇核後
上げる あげる ●●●あげた ●○○
あげて ●○○
あげる ●●●あげた ●○○
あげて ●○○
下げる さげる ●○○さげた ○●○
さげて ○●○
さげる ●○○さげた ○●○
さげて ○●○
上がる あがる ●●●あがった ●●○○
あがって ●●○○
あがる ●●●あがった ●○○○
あがって ●○○○
下がる さがる ●○○さがった ●○○○
さがって ●○○○
さがる ●○○さがった ●○○○
さがって ●○○○

 昇核現象が起こったことで、「上がった・て」と「下がった・て」のアクセントが同じになってしまったのです。
 動詞の過去・完了形(以下タ形)や連用+テの形(以下テ形)というのは会話の中で使用頻度が高いため、そこでアクセント区別が失われたというのは、のちに動詞のアクセント区別そのものが失われるきっかけとなりえた――これが昇核現象原因説です。
 明治なかばに「下げる」類の終止・連体形(以下ル形)アクセントが●○○型から○○●型へ変化したのも、タ形やテ形のアクセント(下げた・下げて/○●○)に合わせて作りかえられたからと考えられています。

 ただその一方で、「寝た・した/●○」類と「見た・来た/●○」類とはタ形・テ形のアクセントが同じなのに、現代でもル形は「寝る・する/●●」対「見る・来る/○●」という具合にアクセント区別が残っています。このことは、タ形やテ形のアクセントの混同がすべての発端と考えることの反証になりえます。ゆえに動詞アクセントの混同に関しては別の要因も作用していた可能性があります。

 動詞以上にもっと直接的な影響を受けたのが3拍形容詞です。3拍形容詞には●●○型に発音される「赤い・厚い・甘い」類と、●○○型に発音される「青い・暑い・白い」類とがありましたが、昇核現象の結果どちらも●○○型に発音されるようになってしまいました。この結果、「厚い ●●○」と「暑い ●○○」のアクセント区別が失われました。

 名詞の場合と異なり、これら動詞・形容詞に起こったアクセント区別の消失は、大阪や神戸も含めた近畿中央部のほとんどに波及しています*2*3。昭和なかばの調査では、兵庫西部・志摩・和歌山・淡路などにはまだ先述のアクセント区別が残っていたようですが*4、今や海を越えて徳島北部のあたりまで区別消滅の波は及んでいるようです。

 ではこれらのアクセント区別が乱れた結果、どういうことが起こっているのかについて解説いたしましょう。

問題点1 「二重言語生活における問題」

 その由緒由来がどうであれ、現在の日本において京都の言葉は単なる一方言に過ぎません。それゆえ普段どれだけ美しい京ことばを話す人でも、京都を一歩でも出れば共通語をしゃべることが求められる状況というのは訪れるでしょうし、事実、現代に生きる京都人の多くが共通語で話した経験を有しているのではないでしょうか。

 歴史的に東京式アクセントは昔の京都アクセントから派生したものですので、本来なら「1拍ずれの法則」(高く発音する拍 ● を語末方向へ1拍ずらすこと)を用いれば、簡単に京都アクセントから東京アクセントを導き出せるはずです。
 ところが現代の京都言葉には、これまで述べてきたようなアクセントの混同が存在するため、実際には京都アクセントから東京アクセントを導き出すことが一部できなくなっています。

(1) ●●○型名詞と●○○型名詞との混同

京都アクセント 東京アクセント
混同形本来形
「小豆・頭・言葉」類 ●○○ こと
●●○
とば
○●●‐○
「朝日・命・心」類 ころ
●○○
ろ‐がころ‐が*
○●○‐○ → ●○○‐○
(2) H0(...●●●)型動詞とH-3(...●○○)型動詞との混同

京都アクセント 東京アクセント
混同形本来形
「上がる・当たる・笑う」類 ●●● あがる
●●●
がる
○●●
「余る・祈る・動く」類 がる
●○○

○●○
「甘える・頂く」類 ●●●● あまえる
●●●●
まえる
○●●●
「預かる・集める」類 あずかる
●●○○
ずか
○●●○
(3) ●●○型形容詞と●○○型形容詞との混同

京都アクセント 東京アクセント
混同形本来形
「赤い・厚い・甘い」類 ●○○ あか
●●○
かい
○●●
「青い・暑い・白い」類 ろい
●○○

○●○

 中でも特によろしくないのが(2)です。アクセントという概念そのものが崩壊してしまった地域を除けば、「上がる・歌う」類の動詞と、「下がる・泳ぐ」類の動詞とのアクセント区別を失っているのは、京阪神・北陸・名古屋近郊ぐらいのもので、日本全土を見渡せば区別する地域の方が多いのです。

 京阪神出身の方が共通語を話す時、東京アクセントでは「上がる・歌う/○●●」類と「下がる・歌う/○●○」類とが発音しわけられることに気づかず、「気温が‐上がる/○●●●‐○●○」などと言ってしまっているのを時々お見かけします(アナウンサーや役者など、アクセントには人一倍注意しなければならない立場の方ですらこのミスをされています)。

 近畿出身の人が共通語を真似てもすぐお里がバレてしまうのは、このことが大いに関係していると言えるでしょう。

問題点2 「規範性の問題」

 前述のようなアクセントの乱れは、実は京阪式アクセント分布域の中でも近畿中央部のみに見られるもので、近畿周辺部や四国などでは今でもアクセント区別が保たれています。
 中でも土佐弁は特に保存状態が良いため、アクセントの専門書や辞典では必ずと言っていいほど京阪式アクセントの代表として、京都アクセントと並んで高知アクセントが取り上げられています。

 しかしこれは言い換えれば、現代の京都アクセントが「京阪式アクセントの本流としての価値はあるが、京阪式アクセントの規範とするには問題がある」と見なされているからに他ならず、京都人としては何とも情けないような、やるせないような気持ちにさせられます。

 さらに踏み込んで言えば、「東京を始めとする他の大都市では今も区別の保たれているものが、京都・大阪では失われている」というのも、あまり気持ちの良い話ではありません。

 しかし不幸中の幸いと申しましょうか、上方語は長く日本の標準語であったことが幸いして、京阪アクセントを記した資料というのはかなり豊富に残されています。そのため文献資料を基にすれば、上記3つのアクセント区別をかなりのところまで復元することが可能です

付表・アクセントが混同されている単語の例

(1) ●●○型名詞と●○○型名詞 (※より詳しい分類表はこちら
該当する単語の例 本来形 混同形
「小豆・頭(アタマ)・扇(オーキ゚)・男・表/面・女(オンナ)・鏡・敵(カタキ)・刀・言葉・暦・境・雫・宝・袂・俵・剣(ツルキ゚)・袴・東(ヒガシ)・袋・襖・仏・南・娘・社(ヤシロ)・蕨」類

また「余り(←余る)・願い(←願う)・光(←光る)」など、●○○型の動詞から来ている名詞(転成名詞)もこの類
あた
●●○
●○○
「朝日・油・主(アルジ)・アワビ・あわれ・いとこ・命・神楽・鰈・心・小麦・姿・簾(スダレ)・襷(タスキ)・タヌキ・力・情け・なすび・涙・錦・柱・火箸・蛍・枕・眼(マナコ)・紅葉・館(ヤカタ)・わさび」類 ころ
●○○
(2) H0(...●●●)型動詞とH-3(...●○○)型動詞 (※より詳しい分類表はこちら
該当する言葉の例 本来形 混同形
「上がる・当たる・洗う・荒らす・歌う・埋まる・植わる・送る・襲う・脅す・及ぶ・終わる・香る・欠かす・囲う・飾る・霞む・語る・通う・枯らす・変わる・嫌う・下る・暮らす・煙る・氷る・殺す・転ぶ・探す・誘う・触る・沈む・記す・救う・進む・座る・染まる・貯まる・誓う・違う・続く・繋ぐ・止まる・並ぶ・眠る・狙う・上る・呪う・外す・はまる・拾う・奮う・曲がる・祭る・学ぶ・回る・結ぶ・燃やす・もらう・譲る・渡る・笑う」類 あがる
●●●
●●●
「余る・祈る・動く・移る/映る・奪う・描く・選ぶ・起こる・落とす・思う・泳ぐ・下ろす・帰る/返る・掛かる・限る・叶う・構う・乾く・腐る・崩す・配る・曇る・焦がす・好む・困る・壊す・下がる・冷ます・閉まる・示す・育つ・反らす・倒す・叩く・頼む・頼る・作る・詰まる・照らす・通る・届く・直る・流す・為さる・願う・逃す・残る・除く・伸ばす・計る/図る・挟む・走る・話す・払う・晴らす・光る・混ざる・混じる・招く・守る・迷う・戻る・休む・分かる」類 がる
●○○
「与える・扱う・甘える・頂く・伺う・失う・疑う・遅れる・行なう・教える・重なる・固める・聞こえる・比べる・沈める・従う・優れる・進める・費える・伝わる・続ける・繋がる・潰れる・弔う・並べる・始める・広がる・震える・纏まる・認める・報いる・忘れる」類 おそわる
●●●●
●●●●
「商う・預かる・集める・謝る・現す・恐れる・覚える・構える・清める・極める・崩れる・壊れる・定まる・静める・育てる・倒れる・助かる・尋ねる・例える・届ける・眺める・逃れる・離れる・広まる・深まる・隔てる・乱れる・求める・休める・喜ぶ・別れる」類 あつまる
●●○○
(3) H-2(...●●○)型形容詞とH-3(...●○○)型形容詞 (※より詳しい分類表はこちら
該当する言葉の例 本来形 混同形
「赤い・浅い・厚い・甘い・荒い・薄い・疎い・遅い・重い・堅い・軽い・キツい・暗い・煙い・つらい・遠い・眠い・丸い」類 あか
●●○
●○○
「青い・暑い・淡い・痛い・旨い・偉い・多い・惜しい・痒い・からい・臭い・黒い・怖い・寒い・渋い・白い・狭い・高い・近い・強い・長い・苦い・憎い・鈍い・緩い・早い/速い・低い・酷い・広い・深い・太い・古い・欲しい・細い・不味い・惨い・脆い・安い・緩い・弱い・若い・悪い」類 おい
●○○
「明るい・怪しい・悲しい・冷たい・優しい」類 あかる
●●●○
●●○○
「嬉しい・幼い・賢い・可愛い・厳しい・悔しい・苦しい・少ない・涼しい・鋭い・切ない・正しい・楽しい・小さい・短い」類 うれしい
●●○○

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