東京アクセントの場合、各単語(または文節)のアクセントは、「その単語・文節の中に音程の下がり目はあるか。あるとしたらそれは何拍目の後ろか」という要素だけで決まります(一元体系)。
すなわち次のような体系です(表1)。
音程の下がり目 | 1拍名詞 | 2拍名詞 | 3拍名詞 |
---|---|---|---|
ない | ○-▶ は-は(葉は) |
○●-▶ かぜ-は(風は) |
○●●-▶ かたち-は(形は) |
3拍目の後ろ | ―― | ―― | ○●●-▷ あたま-は(頭は) |
2拍目の後ろ | ―― | ○●-▷ つき-は(月は) |
○●○-▷ いとこ-は |
1拍目の後ろ | ●-▷ は-は(歯は) |
●○-▷ うみ-は(海は) |
●○○-▷ たぬき-は(狸は) |
東京アクセントには「1拍目と2拍目の音程は必ず異なる」という暗黙の決まりがあるため、下がり目が1拍目の直後に来る時は●○-という始まり方をし、それ以外の時は○●-という始まり方をします。
一方、京都アクセントは、
という2つの要素によって決まります(二元体系)。
1拍目が「高い音」で始まり、かつ「音程の下がり目がない」場合は、最初から最後まで高く発音されます(例:●●型)。
1拍目が「高い音」で始まり、かつ「音程の下がり目がある」場合は、1拍目から下がり目の直前の拍までは高く発音され、そこから後の拍は低く発音されます(例:●●○○型)。
1拍目が「低い音」で始まり、かつ「音程の下がり目がない」場合は、最終拍のみ高く発音され、それより前の拍は低く発音されます(例:○○●型)。
1拍目が「低い音」で始まり、かつ「音程の下がり目がある」場合は、下がり目の直前の拍のみ高く発音され、それ以外の拍は低く発音されます(例:○○●○型)。
1拍目が「低い音/○」で始まる単語でも、必ずどこかに1拍は「高い音/●」が現れることにご注意ください。鎌倉時代頃までの京都アクセントには、最初から最後まで低い拍が続くようなアクセント型(例:○○○型)も存在していましたが、現代の京都アクセントには存在しません。
ここまでのことを、語例を交えつつ表にまとめたのが次の表2と表3です。
音程の下がり目 | 京都アクセントの体系 (二元体系) |
参考・東京アクセントの体系 (一元体系) |
||
---|---|---|---|---|
1拍目は高い | 1拍目は低い | 区別なし | ||
ない | ●● かぜ(風) |
○● うみ(海) |
○●-▶ かぜ-は(風は) |
|
2拍目の後ろにある | ●◐ (該当語なし) |
○◐ はるぅ(春) |
○●-▷ つき-は(月は) |
|
1拍目の後ろにある | ●○ つき(月) |
発音不可 | ●○-▷ うみ-は |
音程の下がり目 | 京都アクセントの体系 (二元体系) |
参考・東京アクセントの体系 (一元体系) |
||
---|---|---|---|---|
1拍目は高い | 1拍目は低い | 区別なし | ||
ない | ●●● かたち(形) |
○○● からす(烏) |
○●●-▶ かたち-は(形は) |
|
3拍目の後ろにある | ●●◐ (該当語なし) |
○○◐*1 さっきぃ |
○●●-▷ あたま-は(頭は) |
|
2拍目の後ろにある | ●●○ ひとつ(一つ) |
○●○ いちご(苺) |
○●○-▷ いとこ-は |
|
1拍目の後ろにある | ●○○ たぬき(狸) |
発音不可 | ●○○-▷ たぬき-は(狸は) |
前節で出てきた「2つの要素」には、それぞれ次のような名称が付けられています。
「高く始まるか低く始まるか」という概念に対する用語です。
●●、●○のように高い音程で始まる音調のことは「高起式(こうきしき)」といい、○●、○◐のように低い音程で始まる音調のことは「低起式(ていきしき)」といいます。
先述の通り高起式の語は、2拍目以降も「音程の下がり目」が現れぬ限りはずっと音の高さが維持される性質があるのに対して、低起式の語は2拍目以降、音程が浮き上がってこようとする性質があります。このような「音程の方向性」にも着目して、より厳密に現代京都アクセントの高起式のことは「高起平進式」、低起式のことは「低起上昇式」と呼ぶこともあります。
アクセント体系によってはこの「平進」や「上昇」のような音程の方向性が、式を細分化する要因になることもあります。しかし中世以降の京都アクセントにおいては特に意味をなしませんので、当サイトでは簡潔に「高起式」「低起式」と呼ぶことにしています。
「単語の中に音程の下がり目はあるか、あるとしたらそれは何拍目の後ろか」という概念に対する用語です。より正確には「アクセント核」といいます。
核は京阪式アクセントのみならず、東京式アクセントにも存在する要素です。
例えば●●○型や○●○型には、2拍目の後ろに音程の下がり目があります。このような音調については、「2拍目に核がある」と言い表します。
一方、●●型や○●型には音程の下がり目が存在しません。このような音調については、「核がない」または「無核である」と表現します。
この「核」も、アクセント体系によっては細かく分けて考えねばならぬ場合もあります。しかし中世以降の京都アクセントを論じる際には、「核」とは「直後に音程の下がり目がある拍のことを指す言葉である」という理解で大丈夫です。
上の囲みの中にも出てきますが、「式と核」という観点からは、○◐型は2拍目に核が存在していると解釈します。逆に言いますと、「雨(低起式・2拍目に核)」などは最終拍に核があることをはっきりさせるために、「あめぇ ○◐」というふうに2拍目を引き延ばして音程を下げながら発音される、とも考えられます。
事実、「雨」に助詞が付いて「め」が文節の途中の拍になると、「あめは ○●○」のように「め」そのものは下降拍でなくなり、そのかわりに直後の拍(この例の場合は助詞の「は」)の音程が押し下げられます。
式と核という概念を使いますと、アクセント表記を著しく簡略化できます。例えば今、式については「高起式はH、低起式はLと表現する」と決め、核についても「無核なら0、有核なら核が存在する拍の位置を語頭から数えてそのまま数字で表す」と決めますと、従来●○式で表現していたアクセントは次のように書き表せます。
核の位置は語末から数えたほうが便利なこともあります。その場合は負数で核の位置を示します。
拍数も表記に織り込みたい場合、先頭に拍数を付け足すという方法(例:●●○→3H2・●●○○→4H2)もありますが、こちらはほとんど使われていないようです。
前節の式と核に関する説明では、低起式における上がり目の位置のことについては何も具体的なことが述べられていませんでした。
実は現代の京都アクセントの体系上、低起式における音程の上がり目の位置というものは、まったく意味を持っていません。
では本章の最初のほうに出てきた「低起式の語の場合、有核なら核のある拍のみが高く発音され、無核なら最終拍だけが高く発音される」という原則は、どのようにして生まれたものなのでしょうか。
本節では「低起式アクセントにおける音程の上昇位置の移り変わり」をご紹介しながら、そのあたりのことについても迫ってみます。
鎌倉時代頃の京都アクセント体系は、次の2つの要素によって成り立っていました。
現代の京都アクセントとは一つめの要素が異なっていました。音程の上がり目の有無と、その位置とがアクセント体系に関与していたのです。
京都アクセントの体系がこのような状態から現在の状態へ移行したのは、「南北朝期の体系変化」と呼ばれる現象の発生がきっかけでした。南北朝時代頃(室町時代前期。14世紀半ば)の京都アクセントにおいて、「語頭から低い拍が2拍以上連続する時、その連続する低い拍は最後の1拍を残してすべて高くなる。そのうえで従来の上がり目は消滅する(例:○○○● → ●●○● → ●●○○)」という変化が起こったのです(表4参照)。
類 | 変化前 | 語頭隆起 | 変化後 | 備考 |
---|---|---|---|---|
第1類 | ●●● | 高起のため一切の変化なし。 | ||
第2類 | ●●○ | |||
第3類 | ●○○ | |||
第4類 | ○○○ | ●●○ | 変化の対象。最終的に第2類へ合流。 | |
第5類 | ○○● | ●○● | ●○○ | 変化の対象。最終的に第3類へ合流。 |
第6類 | ○●● | 低起なれど冒頭から○が連続していぬため対象外。 | ||
第7類 | ○●○ |
京都アクセントの歴史上、この南北朝期の体系変化というのはとても重大な出来事でした。アクセントに関する文章中、単に「体系変化」と書かれていたら、大抵はこの南北朝期の体系変化のことを指しています。
体系変化によって、○○-という始まり方をしていた音調型はすべて消滅してしまいました。その結果、●-という始まり方をする音調と、○◐ないし○●-という始まり方をする音調のみが残りました。
このような経緯により現在の体系が生まれたため、低起式における音程の上がり目は1拍目直後にあるのがかつての姿でした。そしてこの状態は18世紀前半頃まで続いたようです。
しかし既に上がり目の位置の違いは無意味になっていたこともあり、18世紀半ば以降、上がり目の位置を先送りしようとする発音傾向が生まれます。
例えば18世紀後半の京都アクセントをとどめていると言われる『平家正節』の素声(白声)には、それまで○●●型や○●●●型であった語が、当時は○○●型や○○●●型に発音されていたと解釈できる痕跡が残されています。つまり可能な限り(=核を飛び越したり高い拍が皆無になったりせぬ限り)、上がり目を1拍目の直後から2拍目の直後へと先送りしようとする傾向が発生していたのです。
このような発音のことを、「遅上がり(おそあがり)」といいます。
遅上がりはその後さらに徹底して行われるようになり、今日の京都およびその周辺では、「低起式の単語・文節は、無核なら最後の1拍だけが高く、有核なら核のある1拍のみが高く発音される」という状態にまで至ったのです(表5)。
拍・型 | 室町~江戸中期 | 江戸後期 | 現代 | 備考 |
---|---|---|---|---|
2拍L0型 | ○● | 高い拍がなくなるような後退は不可能。 | ||
2拍L2型 | ○◐ | 核があるため後退は不可能。 | ||
3拍L2型 | ○●○ | |||
3拍L0型 | ○●● | ○○● | 徹底して後退。 | |
4拍L0型 | ○●●● | ○○●● | ○○○● | |
5拍L0型 | ○●●●● | ○○●●● | ○○○○● | |
4拍L3型 | ○●●○ | ○○●○ | ○○●○ | 核があるため後退は途中で止まった。 |
低起式における上昇位置の問題は、京阪式アクセントを考察・分類する上での関心事の一つです。前述の通り現代京都では、低起無核(即ちL0型)の語は最後の1拍だけ高く発音されることが多いのですが、話者によっては最後だけはっきり音程を上げるのではなく、1拍目から緩やかに上昇してゆくタイプの上昇式が聞かれることもあります。
また京都を離れて四国へ行きますと、徳島では江戸後期京都風の○○●●型が今も残っていますし、高知に至っては中世~近世前期京都風の○●●●型が残っています。このような発音は、遅上がりに対して「早上がり(はやあがり)」とも呼ばれます。
中近世京都風の早上がりは高知・徳島の他、紀伊南部の田辺や龍神などにも残っています。
高知・徳島・南紀(特に田辺・龍神)には早上がり以外にも、かつての京都アクセントの面影が色濃く残っているため、京阪式アクセントの研究をする際、これらの地域のアクセントはしばしば引き合いに出されます。
ちなみに現代京都でも、遅上がりをまったく行わず早上がりで発音しても音韻論上の問題はありません。聞き手が発音に敏感な方なら多少の違和感は抱かれるかもしれませんが、1拍目をきちんと低く発音して低起であることさえはっきりさせておけば、他のアクセント型と紛れる可能性はないためです。
現代の京阪式アクセント本流の音韻論上、早上がりか遅上がりかという問題は、低起式音調の具現化の仕方の違いに過ぎぬともいえます(表6)。
語 | 音韻上の音調 | 左が具現化した実際の音調型 |
---|---|---|
うさぎ | 低起式・無核 | ○●●(於、中近世京都・高知・田辺) ○○●(於、現代京都・徳島・龍神) |
ニンジン | 低起式・無核 | ○●●●(於、中近世京都・高知・田辺) ○○●●(於、近世後期京都・徳島・龍神) ○○○●(於、現代京都) |
以上で京都アクセントの体系に関する説明は終わりです。色々なことがいっぺんに出てきて大変だったかもしれませんが、ここまで辿り着いていただけましたら、後の章は比較的易しい話ばかりのように感じられるのではないかと思われます。
ところで最後に出てきました「遅上がり」というのは、実は単語の中だけに留まらず単語の境界を越えて発生することもあります。次の章ではこの現象について取り上げます。
既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、当サイトには早上がりでアクセント表記のされている箇所があります。
これは、
語 | アクセント | 語 | アクセント |
---|---|---|---|
海 | ○● | 起きる | ○○● |
海は | ○○● | 起きた | ○●○ |
のような示し方よりも、
語 | アクセント | 語 | アクセント |
---|---|---|---|
海 | ○● | 起きる | ○●● |
海は | ○●● | 起きた | ○●○ |
というふうに上昇位置を1拍目直後に固定して示したうえで、遅上がりについて補足を加えるという形にしたほうが分かりやすいのではないかと考えたためです。
しかし●○式アクセント表記をこのように使うことは、それはそれで紛らわしくもありますので、今後順次修正してゆく予定です現在では早上がり形を使用する場合は、その旨断るようにしています。。
本来は高起の語が、あたかも低起であるかのように発音されることもあります。
代表的なのは「知って(い)る」という表現です。「知る」のアクセントは●●ですので、「知って(い)る」は●●●(●)●となるのが原則通りなのですが、この表現はしばしば低起であるかのように発音されます。
これはおそらく「知って(い)る」という表現は、「知って(い)る(か)?」と疑問の形で使われることが多いため、その際の上昇調(尻上がり)のイントネーションが固定化してしまったものと考えられます。
本章の「式と核」に関する部分に興味を持たれた方には中井(2003)をお勧めします。鎌倉期以前、院政期の京都アクセントはどのような状態であったかや、どうして南北朝期の体系変化なる現象が起こったかなどについてまとめられています。難易度はやや高めです。